Author:風
アラフォー男子。
妻1+娘2+猫1(放浪中)
【キャッチ・コピー】
ちょっとイケナイ系左翼労働者
ちょっとアブナイ系鬱病労働者
【立ち位置】
・体制外左翼諸派シンパ
・打倒天皇制
・限定的薬物使用OK
・反米反イスラエル
・ヤスクニ解体
【研究テーマ】
・国営マリファナ喫茶
・標準精神医学
・嫌天皇制
・資本論入門編
・会社法
【好きな言葉】
・政治家にモラルを求めるのは
ゴキブリにモラルを求めるの
に等しい (佐高 信)
・命落とすな、自公落とせ!
(出所不明)
・明日の天気は変えられないが、
明日の政治は変えられる。
(出所不明)
・物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、逆に彼らの社会的存在が彼らの意識を規定する (マルクス)
・哲学者たちは世界をさまざまに
解釈してきただけである。しかし
肝腎なのはそれを変えることで
ある。 (エンゲルス)
・ブルジョア国家がプロレタリア国家(プロレタリア独裁)と交替するのは、「死滅」によっては不可能であり、それは、通例、暴力革命によってのみ可能である。
(レーニン)

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勉強したまへ。勉強を。無知は罪です。別にネットウヨクになれといふわけではありません。
まづ、ネットウヨクといふのは、その名の通り、ネットの右翼ですが、
その中には若い人が多く、日本を背負つていく有望な人たちであります。
特に、マスコミの腐敗した今、
左翼的なマスコミに抗ふ姿勢は素晴らしいと思ひます。
では、なぜ幕末志士たれ、と叫ぶかと申しますと、
それは、国を動かすためであります。
今の日本の現状を見てもお分かりになりますやうに、
ネットでいふ、特定アジア、中韓による、反日運動、
それに謝罪と賠償をし続ける政府。
米国の傘の下、物は豊かになつても、心は貧しくなる国民。
なんとも悲しい現状であります。
これは国を動かすしかありません。
では、国を動かすにはだうしたらよいか。
やはり、過去の歴史を振り返り、参考にしなければなりません。
さすれば、一番身近にあり、かつ、若者たちが為し得た、
「明治維新」が一番に挙がつてくるでせう。
明治維新は幕末の尊皇攘夷志士たちが為し得たすばらしい歴史ですが、
その幕末志士は、多くは若く、かつ浪人気質であり、
当時としては幕府や、藩から追はれる身であつた志士も多数をりました。
そのやうな、志士たちが、維新を成し遂げたのであります。
若くて、武士といふよりは浪人気質、
今のネットの若者もそのやうな方が多数をられると思ひます。
ではネットウヨクは幕末志士となり得るかと申しますと、
彼らには、足りないのでありますものがあります。
では彼らはなぜ幕末の志士のやうになれないのでありますのか、
それは、やはり、
幕末の志士らが、尊皇攘夷志士であつたことから分かりますやうに、
今のネットウヨクは「尊皇心」のなき、
「攘夷」でありますからであります。
彼らはたゞひたぶるに、特アに対し、攘夷運動をし、
日本国を守らうと、してゐるのですが、
そこに、「忠誠」といふ文字がないのであります。
彼らは、たゞ自らのテリトリーが侵されていくのに、
義憤し、活動を行つてゐるわけで、
そこには、「大和魂」がないのであります。
儒教でゐふところの、
仁・義・礼・智・信の五徳もないのであります。
ネットウヨクの彼らが、
もし軍として動くならば、
まるで烏合の衆となりませう。
そこには、軍としての、
大切な「忠義の対象」がなく、
それぞれが、バラバラになつてしまふでせう。
ネットウヨクと称される、若者。
実に彼らは国の宝でもあります。
いまや大人どもは、ひたすら、
利己主義に陥り、資本主義にのまれ、
経済のことしか考へてをらず、
国の将来のことなどを視野にいれてゐないのであります。
若者こそが、国の力であり、
幕末の志士らも、みな若者でありました。
彼らは非常時の国難において、
大いなる力を発揮いたしました。
いま、現代日本において、
精神的亡国、といふ
大いなる国難がおとづれてをります。
多くは、日本の歴史を忘れ、
日本人の魂を忘れ、
異国に対して、弱腰になる。
社会道徳は乱れ、
犯罪は多発し、
多くの国民は精神的な病にかゝつてをります。
いまこそ、幕末の英雄のやうに
国を変へていかねばならぬのです。
明治幕末の志士ら、
彼らは尊皇攘夷を基底とし、
みなの共通の想ひとして、動いてをりました。
だからこそ、団結力もあつたのです。
では、尊皇攘夷とは、いかなるものぞと、申し上げますと、
「攘夷」といふのは、みなさんもよくお分かりになつてをり、
実践されてをられるかたも多いかと思はれますが、(無論、特ア以外にも米国への攘夷も含む)
日本国を害する敵を排除すること、また国内の国賊を排除することであります。
では「尊皇」については、と申しますと
多くの方は、未だになにがなんだか、理念がよくわからない。
とを見受けいたします。
幕末明治の志士たちはみな、尊皇攘夷であつたわけでありますから、
こゝの尊皇のところをご理解いたゞけないと、彼らには一歩も近づけないわけであります。
では、不肖ながら私が尊皇について、できるだけ分かり易く説明申し上げます。
まづ、尊皇における、尊ぶところの「天皇」陛下について、
そして、今の日本における、
特に日本の若者における、
天皇陛下の畏き重大性を述べさせていたゞきます。
まづ、
日本国には八百万の神と申しまして、
たくさんの神様が御座(おは)します。
その中には天津神、国津神と別けさせていたゞくことができます。
天津神(あまつかみ)は、高天原におはす神様、国津神(くにつかみ)は、この地上におはす神様。
今の人に分かり易く説明致しますと、天国といふのが天津国、のことでありますといふことです。津は「の」と考へて下されば概ね合つてゐます。
無論、天国におはす神様の方が、やはりご神徳も深い訳であります。
その中でも高天原をお治め給へる神様が
みなさんもご存知のとほり、
天照大御神(アマテラスオヽミカミ)様でございます。
そして、その天照大御神さまの皇統(御血統)を受け継がれましますのが
天皇陛下であらせられます。
天照大御神さまの皇孫として、日本を建国され(今より2668年前の2月11日)、
それ以来、百二十五代に渡り、我が国の大君、帝としてあらせられてます。
この長きことは、他国の王族などとは全く違ひ、
他国は〜〜朝などと云ひずいぶんと、変はり、
今のところでも、長くて二十何代目くらゐのところでせう。
しかしながら、仏教の流入による蘇我氏、武家の源平、はたまた、将軍職でもない執権北条氏、そして奸賊足利氏、して、徳川の長き幕府、そして最大の国難、大東亜戦争敗戦、このやうなことがありました。
だがしかし、天命は変はらず、今日も天皇陛下は日本国の国体であらせられるわけであります。
まさに、あなかしこ。なんと畏れ多いことでありませう。
今や日本人は、愛国精神がなく、異国のものどもに、
なぜ、こんなに日本人は自国を愛してゐないのだ。といはれるほどであります。
それは、戦後教育による、国体無視の空つぽの個人主義教育をしてゐるからであります。
最近は、有識者により、
愛国心なき国民を憂慮し、
古きよきさまざまな日本文化を紹介してをりますが、
今の人に、
それを以てして、愛国心を持て、と
いはれても、なかなか難しいものであります。
都市部に於いてはほとんどのものが、洋風化し、
ものなどは、どうでにでもなるのですが、
国民の心までもが、洋風化されてをることが、
一番憂慮されるところであります。
そこに、その若者に愛国心を持てといふのは、
なかなかむづかしゐものであります。
愛国、それは、自国の歴史文化伝統を、愛することであります。
その、歴史文化伝統、すべてを包容され、すべてを顕現されておはしますのが、
御皇室なのであります。
神代の時代より、日本国を栄えさせたまひひし、
天津日継(あまつひつぎ)の皇孫命(すめみまのみこと)、ご歴代の天皇陛下であらせられます。
尊皇の心を持つたときに、芽生える、日本人としての自覚、
それは、愛国心であり、忠義の心であり、
自らの進むべき道を照らすものであります。
その道を、皇道と申し上げるのです。
皇道を進むことが、日本人に、
日本人に一番合致してゐる道なのです。
現代日本において、
多くの国民が、なんらなかの、
精神的ストレスを煩ひ、
悩み、苦しんでをりますが、
そのやうなときに、
われはれは日本人でありますから、
日本人に一番合ふ道を進むのです。
今の人は、どの道を行けばよいのか、
どんな道がありますのか、
それすらも、示されず、
たゞ、自由主義の名の下に、
放任されてをる現状であり、
何も精神的支柱がなく、
精神的に支へるものがない人間は、
心が弱く、
すぐに、弱音を吐き、
何かありますと、打ちのめされ、
支へ、拠り所のないものでありますから、
覚悟が鈍り、
途中で投げ出し、
精神的ストレス、
精神的な病をも、
ひきおこし、
自分はこれから、
何を頼りに生きていけばよいのか、
路頭に迷ひ、
堕落しがちであります。
しつかりとした、
根つ子を持つ、
田んぼの苗のやうに、
台風がきても、大雨がきても、
ひたすら耐へ忍ぶ、
そんな力強い根つかを持つ。
しかし、
その根つこは、
どこに根を張ればよいのか、
それが分からず、
戸惑つてをられる方が多いやうに思ふ。
こゝで、提言いたしますと、
やはり、「尊皇愛国」の土壌に根つかを持つべきであります。
この尊皇愛国、と申しますのは、
大楠公こと、楠正成公や、
幕末尊皇攘夷志士、大東亜戦争の英霊、
そのやうな、桜のやうに華々しく美しい、彼らの培つた土壌であります。
その土壌に根を張る。
それこそが、日本人として、強い根つこを持つことであります。
それが、尊皇であります。
皇紀は今年で2669年、
この長きに渡つてスメラミコト天皇を至尊として奉つてきたわれはれの祖先は、
なんとも美しき心をお持ちでありませう。
戦争に負けたからといつて、この美しい歴史を断絶したならば、
われはれは祖先に顔向けができませんでせう。
またひとつ、天皇親政については、如何と問はれなば、
私はかふお答へいたします。
親政と申し上げますと、それは
みなさまの考へる独裁ではなく、
天皇陛下は天津日嗣、天照大神の皇孫として
日々神々に祈りを捧げられてをられます。
その、神々に向き合はゝれる、
赤心、うそ偽りのない、清らかな御心。
そのやうな、御心に対し、臣のもの、
また政治を行ふ、大臣のものは
御心に対し偽りのない、まことに
国を、国民を想つた政治を執り行ふべき、
そのやうな意味であります。
こゝで本の一文を引用させていたゞきますと、
「祭政一致とは、祭事も政治もその根本の精神は同じで、
祭主としての天皇が皇祖天照大御神をまつることが、
そのまゝ国を治めることでありますとの意。
当然、実際の政治は輔弼の新(その任にあたる人)がおこなふことになるが、
その誠心は天皇の大御心を体しておこなふものであります。
神々に向かふ心に一片の偽りがあつてもならない。
清明でなければならない。
これを「誠心」といふ。
政治の要諦もこゝにあります、との意であります。」(
世の人は、親政といふと
なんでもかんでも大御心に従はなくてはいけないなどと極論をいひ、批判してきた。
が、しかし、陛下の大御心は「誠心」の表れなのであり、
これを実践するのは臣下の者(無論、国民も入る)なのであります。
いはゆる、陛下は日本人の道徳的支柱、
精神的支柱としての役割を持たれてゐるのであります。
それを政治に反映するといふだけであつて、
それは独裁などではないのであります。
この「誠心」があれば、今の政府のやうに国民を騙し、
悪政をするものはきつとゐなくなるであらう。
今の日本政府、ならびに日本人には清明な誠心、
敬虔な心、
いはゆる「信義」がなくなつてしまつてをりますが、
それを取り戻すには昔のやうに栄えあります道義国家として復活するには、
やはり日本国には天壌無窮の天皇陛下の赤き清き大御心が必要なのであります。
しかし、戦後、皇室は時代の変化とともにお変はりになつてしまはれた。
皇室は日本人の魂の拠所であり、もつと尊き理想像であり、
決しては変わらはれてはならぬ存在であります。
けれども、最近は皇室が国民に合はせるやうになつてしまひ、
英国のやうな開かれた王室のやうになつてゐるといつても致し方がない。
私はこれを許すわけにはいきません。
皇室とは公の存在であり、皇室が国民に近づくのではなく、
国民が皇室に近づくべきなのであります。
いまこそ、我々は神武創業以来、二六六七年続く御皇室の伝統を守り、
何時も国家国民の安寧を祈念される御歴代のお姿を思ひ浮かべ、
次代の日本人が、もしもこのまゝ道義をなくし人間味が失はれた時代に生まれても、
神代より続く御皇室から日本人としての自覚、誇りを持つてくれるやうに、
この祖国日本に漂ふ暗雲を吹き払ひ、先人の想ひを引き継いでいかなくてはならないのであります。
これが尊皇であります。
では、最後に、幕末志士の和歌を紹介いたします。
歌といふのは、
その人の人となりを理解するには一番手つ取り早いので、
実に多く読むべきだと思ひます。
勤皇志士・佐久良東雄のお歌に
よき人とほめられむより今の世はもの狂ぞと人のゐはなむ
とあります。
きつと大人たちには国を動かさうとしてゐる我々を
戦後教育を受け、精神が退廃した大人たちに、よき人だと
ほめられるよりは、「もの狂ぞと」思はれるはうがよつぽど良いのです。
また、
吉田松陰先生のお歌に
かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂
これは非常に有名なお歌でありますが、これほど大和魂の力強さを表現した歌はないでせう。
かうすれば、かうなるものと理解してゐても、それでも、大和魂はとまらない。
人生を充実させるためには、このやうな熱い魂を持つことが肝要でありませう。
彼らは、多くの犠牲を出しながらも、立派に明治維新を成し遂げたました。
彼らのやうに、幕末、維新の志士、偉人と
われはれ、若者はなれるのであります。
彼らと同じ、尊皇攘夷の熱い想ひを持つたならば、
われはれが国を護り、時代を社会を国を変へられるのであります。
今こそ、意識を変へよ!
くだらないことをやめよ!
今こそ、心を奮ひ立たせ!
入力テキスト
拙論「ネットウヨクは幕末志士たれ」
の前に
少々この曲についてお話いたしますと、
この曲は、靖国神社の遊就館を拝観した後のやうな、
そんな気持ちになれる歌だと思ひます。
僕は特攻隊の突撃轟沈のシーンでいつも泣きます。
あと歌詞は歴史的仮名遣ひで表記してをります。
当時の時代を表現するため、といふこともありますが、
日本語の美しさといふものはやはり、「表記法は音ではなく、語に随ふべし」
「こんにちは」を「わ」と読むやうに、表記と音が違ふ、さういふ日本語はなんとも奥ゆかしいと思ふわけであります。みなさんも使つていきませう。
それでは拙論「ネットウヨクは幕末志士たれ」を述べさせて頂きます。
まづ、ネットウヨクといふのは、その名の通り、ネットの右翼ですが、
その中には若い人が多く、日本を背負つていく有望な人たちであります。
特に、マスコミの腐敗した今、
左翼的なマスコミに抗ふ姿勢は素晴らしいと思ひます。
では、なぜ幕末志士たれ、と叫ぶかと申しますと、
それは、国を動かすためであります。
今の日本の現状を見てもお分かりになりますやうに、
ネットでいふ、特定アジア、中韓による、反日運動、
それに謝罪と賠償をし続ける政府。
米国の傘の下、物は豊かになつても、心は貧しくなる国民。
なんとも悲しい現状であります。
これは国を動かすしかありません。
では、国を動かすにはだうしたらよいか。
やはり、過去の歴史を振り返り、参考にしなければなりません。
さすれば、一番身近にあり、かつ、若者たちが為し得た、
「明治維新」が一番に挙がつてくるでせう。
明治維新は幕末の尊皇攘夷志士たちが為し得たすばらしい歴史ですが、
その幕末志士は、多くは若く、かつ浪人気質であり、
当時としては幕府や、藩から追はれる身であつた志士も多数をりました。
そのやうな、志士たちが、維新を成し遂げたのであります。
若くて、武士といふよりは浪人気質、
今のネットの若者もそのやうな方が多数をられると思ひます。
ではネットウヨクは幕末志士となり得るかと申しますと、
彼らには、足りないのでありますものがあります。
では彼らはなぜ幕末の志士のやうになれないのでありますのか、
それは、やはり、
幕末の志士らが、尊皇攘夷志士であつたことから分かりますやうに、
今のネットウヨクは「尊皇心」のなき、
「攘夷」でありますからであります。
彼らはただひたぶるに、特アに対し、攘夷運動をし、
日本国を守らうと、してゐるのですが、
そこに、「忠誠」といふ文字がないのであります。
彼らは、ただ自らのテリトリーが侵されていくのに、
義憤し、活動を行つてゐるわけで、
そこには、「大和魂」がないのであります。
儒教でいふところの、
仁・義・礼・智・信の五徳もないのであります。
ネットウヨクの彼らが、
もし軍として動くならば、
まるで烏合の衆となりませう。
そこには、軍としての、
大切な「忠義の対象」がなく、
それぞれが、バラバラになつてしまふでせう。
ネットウヨクと称される、若者。
実に彼らは国の宝でもあります。
いまや大人どもは、ひたすら、
利己主義に陥り、資本主義にのまれ、
経済のことしか考へてをらず、
国の将来のことなどを視野にいれてゐないのであります。
若者こそが、国の力であり、
幕末の志士らも、みな若者でありました。
彼らは非常時の国難において、
大いなる力を発揮いたしました。
いま、現代日本において、
精神的亡国、といふ
大いなる国難がおとづれてをります。
多くは、日本の歴史を忘れ、
日本人の魂を忘れ、
異国に対して、弱腰になる。
社会道徳は乱れ、
犯罪は多発し、
多くの国民は精神的な病にかかつてをります。
いまこそ、幕末の英雄のやうに
国を変へていかねばならぬのです。
明治幕末の志士ら、
彼らは尊皇攘夷を基底とし、
みなの共通の想ひとして、動いてをりました。
だからこそ、団結力もあつたのです。
では、尊皇攘夷とは、いかなるものぞと、申し上げますと、
「攘夷」といふのは、みなさんもよくお分かりになつてをり、
実践されてをられるかたも多いかと思はれますが、(無論、特ア以外にも米国への攘夷も含む)
日本国を害する敵を排除すること、また国内の国賊を排除することであります。
では「尊皇」については、と申しますと
多くの方は、未だになにがなんだか、理念がよくわからない。
とお見受けいたします。
幕末明治の志士たちはみな、尊皇攘夷であつたわけでありますから、
ここの尊皇のところをご理解いただけないと、彼らには一歩も近づけないわけであります。
では、不肖ながら私が尊皇について、できるだけ分かり易く説明申し上げます。
まず、尊皇における、尊ぶところの「天皇」陛下について、
そして、今の日本における、
特に日本の若者における、
天皇陛下の畏き重大性を述べさせていただきます。
まず、
日本国には八百万の神と申しまして、
たくさんの神様が御座(おは)します。
その中には天津神、国津神と別けさせていただくことができます。
天津神(あまつかみ)は、高天原におはす神様、国津神(くにつかみ)は、この地上におはす神様。
今の人に分かり易く説明致しますと、天国といふのが天津国、のことでありますといふことです。津は「の」と考へて下されば概ね合つてゐます。
無論、天国におはす神様の方が、やはりご神徳も深い訳であります。
その中でも高天原をお治め給へる神様が
みなさんもご存知のとおり、
天照大御神(アマテラスオオミカミ)様でございます。
そして、その天照大御神さまの皇統(御血統)を受け継がれましますのが
天皇陛下であらせられます。
天照大御神さまの皇孫として、日本を建国され(今より2668年前の2月11日)、
それ以来、百二十五代に渡り、我が国の大君、帝としてあらせられてます。
この長きことは、他国の王族などとは全く違い、
他国は〜〜朝などと云いずいぶんと、変わり、
今のところでも、長くて二十何代目くらいのところでせう。
しかしながら、仏教の流入による蘇我氏、武家の源平、はたまた、将軍職でもない執権北条氏、そして奸賊足利氏、して、徳川の長き幕府、そして最大の国難、大東亜戦争敗戦、このやうなことがありました。
だがしかし、天命は変わらず、今日も天皇陛下は日本国の国体であらせられるわけであります。
まさに、あなかしこ。なんと畏れ多いことでありませう。
今や日本人は、愛国精神がなく、異国のものどもに、
なぜ、こんなに日本人は自国を愛してゐないのだ。といはれるほどであります。
それは、戦後教育による、国体無視の空つぽの個人主義教育をしてゐるからであります。
最近は、有識者により、
愛国心なき国民を憂慮し、
古きよきさまざまな日本文化を紹介してをりますが、
今の人に、
それを以てして、愛国心を持て、と
いはれても、なかなか難しいものであります。
都市部に於いてはほとんどのものが、洋風化し、
ものなどは、どうでにでもなるのですが、
国民の心までもが、洋風化されてをることが、
一番憂慮されるところであります。
そこに、その若者に愛国心を持てといふのは、
なかなかむづかしいものであります。
愛国、それは、自国の歴史文化伝統を、愛することであります。
その、歴史文化伝統、すべてを包容され、すべてを顕現されておはしますのが、
御皇室なのであります。
神代の時代より、日本国を栄えさせたまいひし、
天津日継(あまつひつぎ)の皇孫命(すめみまのみこと)、ご歴代の天皇陛下であらせられます。
尊皇の心を持つたときに、芽生える、日本人としての自覚、
それは、愛国心であり、忠義の心であり、
自らの進むべき道を照らすものであります。
その道を、皇道と申し上げるのです。
皇道を進むことが、日本人に、
日本人に一番合致してゐる道なのです。
現代日本において、
多くの国民が、なんらなかの、
精神的ストレスを煩い、
悩み、苦しんでをりますが、
そのやうなときに、
われわれは日本人でありますから、
日本人に一番合ふ道を進むのです。
今の人は、どの道を行けばよいのか、
どんな道がありますのか、
それすらも、示されず、
ただ、自由主義の名の下に、
放任されてをる現状であり、
何も精神的支柱がなく、
精神的に支へるものがない人間は、
心が弱く、
すぐに、弱音を吐き、
何かありますと、打ちのめされ、
支へ、拠り所のないものでありますから、
覚悟が鈍り、
途中で投げ出し、
精神的ストレス、
精神的な病をも、
ひきおこし、
自分はこれから、
何を頼りに生きていけばよいのか、
路頭に迷ひ、
堕落しがちであります。
しつかりとした、
根つ子を持つ、
田んぼの苗のやうに、
台風がきても、大雨がきても、
ひたすら耐へ忍ぶ、
そんな力強い根つこを持つ。
しかし、
その根っこは、
どこに根を張ればよいのか、
それが分からず、
戸惑つてをられる方が多いやうに思ふ。
ここで、提言いたしますと、
やはり、「尊皇愛国」の土壌に根つこを持つべきであります。
この尊皇愛国、と申しますのは、
大楠公こと、楠正成公や、
幕末尊皇攘夷志士、大東亜戦争の英霊、
そのやうな、桜のやうに華々しく美しい、彼らの培った土壌であります。
その土壌に根を張る。
それこそが、日本人として、強い根っこを持つことであります。
それが、尊皇であります。
皇紀は今年で2669年、
この長きに渡つてスメラミコト天皇を至尊として奉つてきたわれわれの祖先は、
なんとも美しき心をお持ちでありませう。
戦争に負けたからといつて、この美しい歴史を断絶したならば、
われわれは祖先に顔向けができませんでせう。
またひとつ、天皇親政については、如何と問はれなば、
私はかうお答えいたします。
親政と申し上げますと、それは
みなさまの考へる独裁ではなく、
天皇陛下は天津日嗣、天照大神の皇孫として
日々神々に祈りを捧げられてをられます。
その、神々に向き合はわれる、
赤心、うそ偽りのない、清らかな御心。
そのやうな、御心に対し、臣のもの、
また政治を行ふ、大臣のものは
御心に対し偽りのない、まことに
国を、国民を想つた政治を執り行ふべき、
そのやうな意味であります。
ここで本の一文を引用させていただきますと、
「祭政一致とは、祭事も政治もその根本の精神は同じで、
祭主としての天皇が皇祖天照大御神をまつることが、
そのまま国を治めることでありますとの意。
当然、実際の政治は輔弼の新(その任にあたる人)がおこなうことになるが、
その誠心は天皇の大御心を体しておこなうものであります。
神々に向かう心に一片の偽りがあってもならない。
清明でなければならない。
これを「誠心」という。
政治の要諦もここにあります、との意であります。」(
世の人は、親政といふと
なんでもかんでも大御心に従わなくてはいけないなどと極論をいひ、批判してきた。
が、しかし、陛下の大御心は「誠心」の表れなのであり、
これを実践するのは臣下の者(無論、国民も入る)なのであります。
いわゆる、陛下は日本人の道徳的支柱、
精神的支柱としての役割を持たれているのであります。
それを政治に反映するというだけであって、
それは独裁などではないのであります。
この「誠心」があれば、今の政府のように国民を騙し、
悪政をするものはきっといなくなるであろう。
今の日本政府、ならびに日本人には清明な誠心、
敬虔な心、
いわゆる「信義」がなくなってしまってをりますが、
それを取り戻すには昔のように栄えあります道義国家として復活するには、
やはり日本国には天壌無窮の天皇陛下の赤き清き大御心が必要なのであります。
しかし、戦後、皇室は時代の変化とともにお変わりになってしまわれた。
皇室は日本人の魂の拠所であり、もっと尊き理想像であり、
決しては変わらわれてはならぬ存在であります。
けれども、最近は皇室が国民に合わせるようになってしまい、
英国のような開かれた王室のようになっているといっても致し方がない。
私はこれを許すわけにはいきません。
皇室とは公の存在であり、皇室が国民に近づくのではなく、
国民が皇室に近づくべきなのであります。
いまこそ、我々は神武創業以来、二六六七年続く御皇室の伝統を守り、
何時も国家国民の安寧を祈念される御歴代のお姿を思い浮かべ、
次代の日本人が、もしもこのまま道義をなくし人間味が失われた時代に生まれても、
神代より続く御皇室から日本人としての自覚、誇りを持ってくれるように、
この祖国日本に漂う暗雲を吹き払い、先人の想いを引き継いでいかなくてはならないのであります。
これが尊皇であります。
では、最後に、幕末志士の和歌を紹介いたします。
歌といふのは、
その人の人となりを理解するには一番手つ取り早いので、
実に多く読むべきだと思ひます。
勤皇志士・佐久良東雄のお歌に
よき人とほめられむより今の世はもの狂ぞと人のいはなむ
とあります。
きっと大人たちには国を動かさうとしてゐる我々を
戦後教育を受け、精神が退廃した大人たちに、よき人だと
ほめられるよりは、「もの狂ぞと」思はれるほうがよつぽど良いのです。
また、
吉田松陰先生のお歌に
かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂
これは非常に有名なお歌でありますが、これほど大和魂の力強さを表現した歌はないでせう。
こうすれば、こうなるものと理解していても、それでも、大和魂はとまらない。
人生を充実させるためには、このやうな熱い魂を持つことが肝要でありませう。
彼らは、多くの犠牲を出しながらも、立派に明治維新を成し遂げたました。
彼らのやうに、幕末、維新の志士、偉人と
われわれ、若者はなれるのであります。
彼らと同じ、尊皇攘夷の熱い想ひを持つたならば、
われわれが国を護り、時代を社会を国を変へられるのであります。
今こそ、意識を変えよ!
くだらないことをやめよ!
今こそ、心を奮い立たせ!